大江 将史(おおえ まさし)

長期ボランティア医師 大江先生 ジャパンハート

大江 将史 (おおえ まさし)

長期ボランティア医師

出身地 広島県福山市
趣味 サッカー、読書、山登り、トレイルラン
活動地 ミャンマー ワッチェ慈善病院
専門科(経験科) 救急・総合診療科
医師歴 6年

ジャパンハートでの活動開始
2018年4月

※掲載の内容は2019年6月時点のものです。

大江先生の活動地での業務内容・役割を教えてください。

この1年間で行った活動を以下に列挙してみます:
1. 医学教育(ミャンマー研修医と看護師・日本人長期看護研修生)
2. 医学メーリングリスト作成(カンボジア・ミャンマー・日本人医師・長期看護研修生)
3. 手術ミッション中の麻酔・外科補助
4. ラオス甲状腺外来・ラオス医師の甲状腺診療の教育
5. インドネシア緊急災害支援
6. クラウドファンディング(BLS人形・AEDの購入)
7. 学会発表(ACP内科学会「感染性心内膜炎の新しい身体所見:上眼瞼結膜出血」)
8. 執筆(レジデントノート「胸水」・今日の問診票「体重増加」)
9. APSARA ウェブカンファレンスへの参加
10. 小児麻酔研修(岡山医療センター小児外科)
11. 腹部エコー研修(大阪府中病院)
12. Facebookでの現地活動報告
13. ブログ開設” I wish to become another bridge between Myanmar and Japan”
14. 日本でのJapan Heart活動報告会
15. 「困難な成熟基金」の設立

ジャパンハートで活動を始めた理由を教えてください。

僕の父親は開業医で、僕は小さい頃から裕福な家庭で育ちました。でも、なぜか小さい頃から海外の貧困の話が耳に残りました。
「一体なぜ自分はこんなに恵まれているのだろうか?」

でも、裕福な家を飛び出したり、退学して肉体労働に従事したりする勇気もなく、ぬくぬくとした環境で育っていきました。

しかし、たとえ将来どういう職業を選んだとしても、自分は「貧困」に関わる人生を送ることになるであろうことは薄々予感していました。

ジャパンハートを選んだ最大の理由は、この団体が貧しい人のために医療を行っているからです。もし、裕福な患者を対象とした団体であれば参加していなかったはずです。

長期ボランティア医師 大江先生 ジャパンハート

日本と活動地での医療はどこが違いますか?違わないところは?

一番違うのは、手術活動時以外は医者が自分しか居ないという不安です。これは日本の離島や僻地で働かれる医師もそうだと思いますが、日本ですぐに上級医に相談できる環境で育ってきた僕にとってはとても大きな変化でした。
どんなに知らないことを調べても、何度麻酔や外科の手術を経験させてもらっても、この次々に押し寄せてくる不安は消え去らないです。このひとりぼっちの環境に身を置くことで、不安に抗いながらたしかに成長しているという実感はあります。それでもやはり「もし急変が起こった時に本当に自分だけで対応できるのか?」という怯えは常にそばにあります。

どうしても殊更違いが強調されますが、それ以外の点は、ほとんど同じです。医学は科学なので国境はなく、日本でも海外でもやっている事に変わりはありません。ジャパンハートの活動地のミャンマー・ラオス・カンボジアのいずれの場所でも、今の時代は英語で医学論文も読めますし、ネットで日本語の医学ブログも読めます。また、「教えることは学ぶこと」という態度は、国籍に関わらず大切にされる姿勢であると、こちらに来て改めて確信しています。

現地で医療をする楽しみはなんですか?

医師としては、これまで見たことがない疾患をみる、モノが無い場所でどこまで確定診断に迫れるか、麻酔や外科手術ができる、3カ国(ミャンマー・ラオス・カンボジア)の医療を味わえる、現地の研修医の成長を間近で見られるなどでしょうか。

人としては、やはり貧しさのそばに自らの身を置くことで、本当に人として大事なことは何か、ということを熟考することができます。また、こうしてミャンマー人も日本人も一緒に宿舎で集団生活をできることが純粋に楽しいです、大学を卒業して再びこんな共同生活が送れるとは思ってもいませんでしたから(^ ^)

夫としては、妻と一緒に仕事ができることです。結婚して1カ月経たない内にミャンマーに飛び出したので、こうして1年後に妻と一緒にミャンマーで仕事できているのはありがたいです。(大江医師の妻は2019年から居住をミャンマーに移し、週に数日ワッチェ慈善病院で広報のボランティアとして活動中)海外で生活すると多かれ少なかれ様々なトラブルが発生します。それらの問題に対してお互いがどう振る舞うのかというのは、今後家族として出会う数多の難題をどう乗り越えていくかという事へのいわば前哨戦です。昨年(2018年)ジャパンハートで一緒に働いていた押谷夫妻(夫である押谷氏はカンボジアの病院で小児科医として活動、妻は広報のボランティアとして活動していた)も言っておられましたが、妻の仕事ぶり(もちろん夫の仕事ぶりも)を間近で見られることで、日本に居た時以上に、とても信頼できる存在になっています。

あとは、僕にとってこれは結構大事な事なのですが、ここを訪れる人々と星空とイラワジ川の対岸の夜景を眺めながらあれこれ話しをできる時間は日本では味わえない贅沢なひと時です。自分や他人の人生観・世界観について改めて話しをする時間って、慌ただしい日本ではなかなかありません。でも、ワッチェにはそういうのをふと話したくなる「場の力」があります。これはここの自然が、人が、歴史が、宗教が、築き上げてきたものです。そうした環境に身を置けることはありがたく思っています。

長期ボランティア医師 大江先生 ジャパンハート

活動地での忘れられないエピソードがあれば教えてください。

山ほどあるのですが、あえて一つだけと言われたら「私もサンダルを洗いたくなりました」というミャンマー研修医の言葉です。これを言われた時、とても嬉しくて周囲の人にはしゃべりまくりました(^ ^)

少し長い話しになりますが、どういう話かというと……

ミャンマーのワッチェ慈善病院では、吉岡ミッション(吉岡秀人医師による手術活動)が月1週間~10日程度行われます。手術は朝8時30分から始まり、終了時刻は翌朝2時や3時を超えることもよくあります。そうすると毎日最後の手術が終わる頃にはクタクタになります。でも、当然ですが、翌日の手術に備えて、掃除や物品の準備をしなければいけません。

僕はどんなに眠くても疲れていても、汚れたサンダルを洗ったり、手術室にモップがけをしたりなど、できるだけするようにしています。それは、何も知らない内科医が、ミャンマーで手術・麻酔に参加させて貰えているという思いや、ワッチェ慈善病院での医療は職種関係なく皆で行っているという思いなどからです。

でも、ミャンマー研修医は全然その片付けに参加しません。それに対して「皆でやっているんだから……」と説教して、強引に手伝わせることもできますが、黙っていました。

そうして8カ月ぐらい経ち、新しいミャンマー研修医が加入してきました。最初の手術活動時は彼女もこれまでのミャンマー研修医と同じように片付けを手伝いませんでした。しかし、2回目の手術活動の時、水場にやって来た彼女は冒頭の言葉を発しました。
「大江先生が洗っているのを見たら、私もサンダルを洗いたくなりました(^ ^)」
そして僕らは一緒に汚れたサンダルを洗剤でごしごし洗いました。

解って貰えるでしょうか、この時の飛び上がるほど嬉しかった気持ちが!
僕らは最新の医学知識や、どうすれば効率的に勉強できるか、など彼女たちに教えて、彼女たちが「賢い医者」に育つのをサポートするのはおそらく可能です。

でも、それだけでは真に一流の医者にはなれないと思っています。もちろん彼女たちには十分な医学知識や技術を兼ね備えた「賢い医者」になって欲しいのですが、それと同時に(いやそれ以上に)吉岡先生がおっしゃるように「いい人間」になって欲しいと願っています(^ ^)

さて、その後自分でも驚いたのは、自分の中で「ミャンマー研修医の教育」が最優先事項になったことでした。もちろんそれまでも教育はしていたつもりですが、本当は乗り気ではありませんでした。例えば、「心電図や胸部レントゲンを教えて欲しい」と彼女たちは言ってくるのですが、なぜか心の底から教えたいと思いませんでした。

しかし、このエピソード後、自分に教えられることはすべて教えたい!と思うように心境が変化しました。
結局、この体験から僕が学んだことはこういうことです:

学びが成立するためには以下の3つの条件が必要です。
(1)自分が知らないという自覚(無知の知)があること
(2)誰かに教えて欲しいとお願いすること
そして、
(3)この人に教えてあげたいと思うこと

もともと(1)(2)はあったのですが、自分の中に(3)が明確になかった。だから学びが成立していませんでした。でも、このサンダル事件!?で(3)がむくむくと生まれ育ってきた。この経験を通じて、ああ、こうやって学びの場というのは立ち上がるのだなあ、と実感しました。

少し長くなりましたが、これが僕にとって忘れられないエピソードですm(_ _)m

帰国後のキャリアや見通しはどう考えていますか?

臨床研究・精神科(農業セラピー)・タイのマヒドン大学公衆衛生・ポールファーマーのPIH活動・政治家に弟子入りなど、色んな将来を想像しています。
たとえ、これらのどのキャリアを選択しても、また全く思いもよらない仕事をすることになっても、「成熟のための階梯は弱く貧しい人々への、共感と憐憫と疚しさを経由すべきである」という、自分が信じている思想の表現系の違いに過ぎないと考えています(^ ^)
あとは、すべてタイミング次第で、ジャパンハートで吉岡秀人を見て「この人の下で働きたい!」と思ったように、そういう鮮烈な出会いがあればそこに導かれると信じています。その機が熟すまでじっと待っていますm(_ _)m

長期ボランティア医師 大江先生 ジャパンハート
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