ラオスの首都ビエンチャンで推進中の小児固形がん周手術期技術移転プロジェクト(以下、小児がんプロジェクト)。
今年は日本から小児外科の医師を招いて手術活動を実施する予定です。
現在、プロジェクトを担当する根釜看護師が現地パートナーである国立子ども病院(以下、子ども病院)に滞在し、準備の最終段階に取り掛かっています。
現地の病院の日常に密着することで実感する、ラオス医療の現状。看護師の目を通した「リアル」を、インタビュー形式で2回に渡ってお伝えします。
■ まずは自己紹介をお願いします。
看護師の根釜宏平です。日本では主に大学病院のICUで働いていました。
ジャパンハートのグローバル看護師育成コース(当時)参加後、国内は山形県の新庄徳洲会病院で、海外は主にカンボジアとラオスで活動し、ミャンマーでの手術活動にも約1週間参加しました。
今年の1月から看護師スタッフとしてラオスオフィスで働いており、小児がんプロジェクトを担当しています。
■ 根釜さんが担当している小児がんプロジェクトについて教えてください。
小児固形がんは世界中の子どもにとって深刻な健康問題です。
しかし、ラオスは医療インフラや資源が限られており、小児固形がんの治療環境は不十分と言わざるを得ません。
私たちはこの状況を改善するために、ラオス国内で唯一の国立小児専門病院である子ども病院をパートナーとし、日本の専門医を招いて、肝芽腫などの小児固形がんの手術や化学療法などの周手術期技術移転を行います。
また、小児固形がんの治療に必要な高度な安全管理を定着させることで、他の疾患の治療環境も向上できると考えています。
■ 現在(インタビュー実施2月時点)、プロジェクトパートナーの子ども病院に滞在して活動されていますが、その目的は何でしょうか。
今年から日本の専門医を招いて手術活動を実施する予定です。
これまで子ども病院とは何度も話し合いの場を設けたり、病院内の関連する部署を見学させてもらったりして準備を進めてきました。
しかし、言語も文化も異なる日本とラオスの医師が共に安全に手術を行うために、そして子ども病院にとってより良い形での技術移転を実現するために、子ども病院が普段行っている医療活動をより深く理解する必要があると考え、病院の医療者について回り勉強させてもらっています。
また、病院のスタッフにはジャパンハートや小児がんプロジェクトのことを認識していない人もたくさんいるため、日々の会話の中で私たちのことを知ってもらいながら信頼関係を構築し、協力してプロジェクトを進める体制を整えることも目的のひとつです。
■ ラオス人医療者の中に日本人ひとりで活動されているのですね。子ども病院ではどのように一日を過ごしていますか。
顔と名前を憶えてもらえるよう、朝はまず挨拶をして回っています。
その日滞在する部署だけでなく、外来や受付の看護師さんにも声を掛け、病院全体でジャパンハートと一緒に活動していることを認識してもらうよう意識しています。
日中は各部署の医師、看護師について業務の流れを見学したり、ラオスの医療や子ども病院の働き方について話を聞き、手術活動に向けて情報を整理しています。
昼ごはんは子ども病院のスタッフと外食したり、一緒に料理をしたりして、みんなで賑やかに食べていますよ。
■ 根釜さんは普段から言葉が通じなくても積極的に周囲に話しかけていますね。子ども病院のスタッフとはどのようにコミュニケーションを取っているのですか。
英語を話せる人はほとんどいないため、簡単なコミュニケーションは単語帳の指差しやジェスチャーで行います。
時には翻訳アプリも活用しています。
日本人は日本語を話せない人に対して頑張って英語で話そうとしますが、ラオス人は構わずラオス語で話しかけてきますし、こちらにもラオス語で話すよう求めてきます。文化の違いを感じますね。
医療者同士なので、言葉が通じなくても行っている処置や患者さんの状態を見れば、相手が何を言いたいのかわかることも多いです。
こまかい内容を正確に理解する必要がある場合は、ジャパンハートの通訳スタッフに連絡して力を借りることもあります。
■ インタビュー時点では子ども病院での活動期間の約半分が過ぎましたが、ここまでの活動内容を振り返ってみて如何でしょうか。
前半は、手術室、リカバリー室、外科病棟で活動しました。日本ではそれぞれ別の部署ですが、子ども病院では全て同じ部署として扱われています。
そのため、手術中に医師へ器械出しをする看護師が別の日には外科病棟の担当になることもあります。
ラオスでは常に医療者が人手不足で、少ない人数で複数の役割をカバーするのは大変なことですが、みんなで協力して頑張って働いているのが印象的です。
リカバリー室では術後の管理、麻酔科や看護師の動き方、医師による点滴指示に出し方などを外科病棟では入退院の流れや薬剤投与のタイミングと方法など、それぞれ子ども病院でのやり方を確認することができました。
いずれも、具体的な手術活動や技術移転の計画を立てるに当たり重要な情報です。
また、最初はジャパンハートの名前すら知られていなかった印象ですが、私が現場で勉強させてもらうことで、病院スタッフにジャパンハートの存在や活動が徐々に認識されているように思います。
小児固形がんの患者さんの情報を共有してくれるなど、気にかけてもらえることが増えました。
最近は病院の良いところだけでなく、足りないと思っていることも見せてくれて、更に意見も求められるようになりました。
技術移転の方向性を考える上でも、今後の活動に繋がる進歩です。彼らの熱意を受けて、手術活動への想いも高まります。
■ 実際に現場に身を置くことで、日本との違いを認識することもありますね。部署以外にも様々な違いがあると思いますが、印象に残ったことがあれば教えてください。
私にとって特に印象的なのは、患者さんによる医療費の負担の仕方です。
日本では退院時にまとめて支払いますが、所得水準の低いラオスでは処方が出る度に先払いが必要です。
点滴をするにしても、必要な薬剤やチューブ、針などの消耗品が書かれた処方箋を受け取り、患者さんの家族が自ら病院内の薬局で購入して看護師へ渡すことで、はじめて処置が実施されます。
時には病院内の薬局では手に入らず、家族が周辺の薬局に探しに行くこともあります。
つまり治療が実施されるかどうかは、家族の支払い能力次第なのです。
今回とは別の時ですが、子ども病院で娘の白血病の治療中というお母さんに話を聞いていたところ、本当は最後まで治療したいがお金がなくなったので続けられない、もう治療をやめて帰る予定だ、と涙を流していました。
残念ながら、お金がないと治療できないのがラオスの現実なのです。
■ 厳しい現実ですね。そのような状況を子ども病院の医療者はどのように捉えているのでしょう。
スタッフが口を揃えて言うのは、「治療するかしないかは家族次第。ただし家族が望むなら私たちは全力で頑張る。」ということです。
この家族次第という考え方が、ラオスでは医療者側も患者さん側も共通しているなと強く感じます。
■ では逆に日本と共通している点は何でしょうか。
生まれた国や病院のシステム、考え方は違うかもしれませんが、病院に来た患者さんは一生懸命診て救いたいと思う医療者の気持ちは、どこの国でも変わらないと感じます。
ラオスでは日本のように最先端の医療機器があるわけではありません。壊れたものを直せずそのままになっていることも多いです。
それでも、代用品を使ったりして、今ある環境や資源の中で出来ることを一生懸命やっています。
彼らのことを心から尊敬しますし、プロジェクトを通じて少しでも彼らの力になりたいと思います。
■ 子ども病院滞在期間の後半はどのような活動を予定していますか。
後半はICUで勉強させてもらいます。実際の手術活動でも、大きな腫瘍の手術により集中管理が必要となるため、術後の患者さんはICUに入る予定です。
このプロジェクトでメインの治療対象としている疾患は肝芽腫という肝臓にできるがんです。
しかし、ラオス国内では小児の肝臓の手術は行われておらず、子ども病院のICUスタッフも肝臓手術の術後管理は経験がありません。
現在の子ども病院の術後管理のレベルやシステム、環境を詳細に理解したうえで、そこに介入する方法や日本の専門医に指導してもらう内容を検討する予定です。
ラオスで初めてということは、当然私たちにとっても初めての挑戦です。
オペ室だけでなくICUのスタッフも含めた関係者全員で一体となり、共に最善の方法を議論しながら進められる環境の構築を目指します。
後編では小児がんプロジェクト意義や直面している課題、根釜さんのプロジェクトにかける想いなどを深堀りしていきます。
どうぞお楽しみに!
インタビュアー・文章:ラオスオフィス 松原 遼子
▼プロジェクトの詳細はこちらから
ラオス | 北部・ウドムサイ県での甲状腺疾患治療事業並びに技術移転活動