先日、夜勤中にクメール人がふとこんな事を聞いてきました。
「どうして海外で働きたいの?日本にも仕事はあるでしょ?」
確かに、日本でも医療を求めている人たちがいるし、看護師だって足りていない。
日本に家族だって、友達だっている。親友の結婚式にも行けなかったし、出産のニュースをメールで受け取って、当たり前のようにそばにあった娯楽だってない。
いろんな物を日本に置いて、なぜ途上国で活動しているのか。
一年以上途上国で活動を続けてきた私にとって、簡単に答えられそうで実は、ちょっと難しいと感じる質問でした。
活動を始めたときの目的は漠然と「途上国の人の力になりたい」だったけれど、続けている理由ってなんだろう。
2年前まで私は日本で普通に働く看護師でした。給料をもらって、お休みを貰って、好きな服や旅行にお金を費やし、それを幸せだと思っていました。
じっくりと今までの活動を思い返し、ゆっくり言葉を選びながら彼女に伝えました。
「こっちの人達って、良く笑うでしょう。そして自然とお互いに助け合う。そういう心の余裕が好き。途上国では、医療が受けたくても気軽に受けられない人がいるから、本当に困っている人たちの為に働きたい。あと、カンボジアの患者さん達の家族が一生懸命患者さんを看病していて、その姿を見るとさらに、力になりたいなと思うし、その人たちが良くなって帰っていく姿を見たり、感謝されたりすると、私も幸せな気持ちになる。」
「カンボジア人もリッチな人は心が貧しい人もいるよ。お金や物で豊かになると、心が貧しくなるのかもしれないね。日本では、患者さんしか入院できないんだってね。患者さんは寂しいでしょう?どうしてそばにいてあげないの?日本人は一番大切なのは仕事?家族?」
と、鋭い質問をさらに投げかけてきました。
日本の病院で働いていた時、家族がお見舞いに来るも短時間で、中には入院生活で出た洗濯物すら交換してもらえない患者さんを沢山見てきました。仕事が忙しいからなのかは、わかりませんが。
カンボジアでもミャンマーでも、家族が病気になったら、総出でサポートします。
仕事を休んでも、付き添います。それで、家族が食べていけなくなってしまっては元も子もないのですが…。汗
ですが、彼らはそういう家族の絆をとても大切にしています。
本当の豊かさはお金や物で手に入るものではないのかもしれません。
自然とあふれる温かい笑顔だったり、懸命に生きる事それ自体なのかもしれません。他人を思いやる心だったり、それに触れたときだったり、必要とされたり、感謝されたり、感謝される事で幸せを感じてもっと頑張ろうと思えたり。
必要とされる人間になれば、必ずしも幸せになれるわけではないかもしれませんが、
必要とされ、頼りにされ、感謝されるとやっぱり嬉しいじゃないですか。それで、さらに誰かを少しでも幸せにできるなら、幸せサイクルの出来上がりですよね。
ふいに始まったトークでしたが、幸せだとか豊かさについて考えさせられました。
私は、医療や看護を通して、患者さんや共に働くスタッフから喜びをもらって、そうやって今生かされているんだなあと、しみじみ感謝の気持ちが沸いてきました。もっと患者さんの感謝に値する看護師にならなくては‥‥!
沢山の人に力を借りながら、心の余裕と笑顔と思いやりを大切に、人としても、看護師としてもバージョンアップしつづける事が、私にとって幸せの鍵なのかもしれません。
もうすぐ、カンボジアでのボランティアが終了します。一日一日大切に、患者さんと向き合っていこうと思います。
短い間でしたがカンボジアで出会った多くの人達、患者さん、日本から応援をしてくれる友達や家族のおかげで活動を続けることができました。ここでの経験はかけがえのない宝物です。
本当にありがとうございました。
カンボジア 長期ボランティア 工藤清佳